水景に魅せられて

お酒やアクアリウムなど

ピュア ケンタッキー バーボン

うららかな春の光が眩しい土曜日。

昼間は夏の匂いも感じられる季節だが、今は朝7時。

爽やかな風が昨日までのイライラを流してくれそうだ。

 

佳代は港町の自動車部品の工場に今年の春から事務として働くため引っ越してきた。
30歳で叔父に勧められた人とお見合いをし、そのまま結婚。5年間の専業主婦を行い晴れて自由の身となり、車で3時間ほど離れたこの港町に1人で住むこととなった。

 

土曜日というのに早起きをして化粧をしているのは今日は田島とデートをする日だからだ。
取引先の営業マンの田島は佳代の事務所にたまに顔を出す程度だが、仕事パソコンのメールから始まった2人のやり取りはすぐに携帯のメールに代わり、2人で飲みに行くようになった。

異性に奥手な佳代は少し強引な田島の誘いに初めは戸惑ったが、田島とは酒の好みも合い、話もよく弾んだ。
週末、田島の仕事が終わるのを待って少し遅めの居酒屋へ。

2人はビールを飲みながら毎回色々な話をした。

仕事のこと、

この港町のこと、

佳代の地元のこと、

佳代の元結婚相手のこと、

田島はこの港町で産まれ一度も出ることなく結婚して、7歳の子供もいることも。


それから少し酔った2人は決まっていつものレストランへ行き、ウイスキーを2杯飲んで帰る。

もう5回もこのコースを回った。


いつも田島からは

「地鶏が人気の焼き鳥屋があるから今週行かないか?」

などお店紹介のようなお誘いメールがくる。

しかし今日は、

「土曜日、朝からドライブに行こう」

というお誘いだった。

田島との初めての昼間のデートのお誘いは佳代を久しぶりにドキッとさせた。

2日前から何を着て行こうか考えていた自分に驚いた。

朝8時半、田島が迎えに来た。

爽やかな水色の薄手のニットにデニムのパンツ。

初めて見るカジュアルな服装は日焼けした田島によく似合っていた。

いつもと違う状況に少し照れながらスポーツタイプの車の助手席に滑り込んだ。


「ちょっと遅いけど見てみたい景色があるんだ」

田島の運転する車は高速をに乗り豊川で寄り道のため一度高速を降りる。

高速を降り15分ほど走って車を停めた。

少し遅い菜の花と桜が咲いている気持ちの良い川沿いだ。

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「春を詰め込んだような景色だろ」

似合わないセリフに笑った。

また高速に乗り海沿いを走った。

車内では色々な音楽を聴いた。

なかでも佳代が昔よく聞いていた少しマイナーなロックバンドのCDがあり、2人は大声で歌った。
柔らかな太陽も沈み2人はいつものように居酒屋で乾杯をした。

 

佳代は久しぶりに恋心が芽生えて来たのを必死で抑えた。

田島は佳代を幸せにはしてくれない。

分かっている。

田島は佳代を手に入れたいと思っている。

分かっている。

このまま抱かれて不倫になだれ込むのは佳代にとってマイナスになる。

分かっている。

でも好き。

分かっている。

 

もし、抱かれたらもうこんな風には会えなくなるだろう。

 

今日も2件目はいつものレストランへ。

カウンターバーのあるこのレストランは田島と2人で歩いていてたまたま見つけて、それ以来毎回来ている。

「いらっしゃいませ」

いつものケンが笑顔で待っていた。

ここでは、田島と一緒のものをいつも頼んでいる。

「今日はバーボンをロックでもらおうかな」

「わかりました。どんな気分ですか?」

「充実した1日の締めに少し強めの美味しいのがいいな」

「いいのがあります」

注文した田島に笑顔で答えたケンは後ろを向き、ボトルを取り出し、2人の前に置いた。

「ピュア ケンタッキー」と言います。

大ぶりの氷に注がれた液体は深く澄んだ色をしていた。

佳代は乾杯をし、深く澄んだ液体に鼻を近づけた。

しっかりとしたアルコールの香りがあるが鼻の奥を刺激するような尖ったものはなく長年樽の中で眠っていたような穏やかな緩やかな酒だった。

氷の隙間から口の中へ少しだけ滑らせて見た。

「うまい」

思わず出た言葉はストレートな表現だった。

穀物の甘みの中に無機質な無骨さを感じるバーボンは見た目通り深く澄んでいた。


 

 美味しさにつられついつい飲んでしまう。

いつもは2杯で帰るのだが、今日は時間も早く、お代わりをした。

昼間の楽しかった時間をもう一度話し、2人で笑った。

お代わりをした。

お酒に強い佳代だが流石に酔ったみたいだ。

 

分かってる。

田島とまた一緒にこんな風に飲みたい。笑いたい。

このまま帰ったらきっと2人の関係は変わらずいれる。

分かってる。

 

田島も酔ったみたいで、いつもよりカラダの距離が近い。佳代も田島に近づいた。

膝が触れた。軽く押し返してくる田島。

会話が途切れ、

「行こうか」と田島。

「うん」と頷いた。

分かってる。

 

ケンは、

「ありがとうございました。またお待ちしてます」

と笑顔で送ってくれた。

 

でも

たぶんもう来ない。

同じ関係には戻れないから。

 

分かっているんだけど…

 

夜になり少し冷たい風のせいにして田島と手を繋いだ。